2011年7月23日土曜日

キリスト者として生きる意義

キリストを信じて生きる意義ななにだろう。と最近考える。

キリスト者として生きている人に様々な人と生き方があるからだ。同じような特徴があるような無いような気がする。

自分にとって、キリスト者として意義があった、メリットがあったといえることはなにだろうか。

キリスト者として生きる目的は何だろうか?自分の生き方を証しとして紹介することだろうか。

基礎となっている聖書の教えを教えることだろうか。

2011年6月6日月曜日

人の正直な気持ち

私の娘は、何をするにもまず、周りの人に見せる。

滑り台を滑るにも、ボールで遊ぶにも、お茶をするにも、スナックを食べるにも

子どもがいなくなると、声を出して呼び止めようとする。

ああ、人は周りの関心がほしいのだな。

ブログをし、ツイッターをし、フェイスブックをし、自分をアピールする。

レスポンスを期待する。人を気を引くものを探る。


「自分のしてほしいことを他の人にしなさい」聖書

よいレスポンスをしてあげよう。否定的なレスポンスは相手の可能性をとりのぞく。

「神は、髪の毛一本一本を数えてあなたのことを知っておられ、関心を持っておられる」聖書

神が私を親のように見ておられる。よく祈り神にアピールしよう。きっとよいレスポンスをしてくださる

2011年6月4日土曜日

熱いか冷たいかであってほしい。

黙示録にタイトルの言葉がある。
冷たいとは、どういうことか、熱いとはどういうことか。

冷たいは、水のバプテスマ。つまり、悔い改めと思いの180°方向転換。
熱いは、聖霊のバプテスマ。つまり、復活であり、新しいいのち。

生ぬるいとはどういうことか。つまり、上記のことを行わない生活のこと。イエスさまの十字架と共に生きない、自分の力だけででいきようとすること。神無しの生活。

2011年5月9日月曜日

悲しい出来事

先週早朝から夜の9時まで、ある兄妹が教会にいた.....
かなり悩んでいたようだ。もう、ここしか頼れるところはないと....

ベストを尽くして、出来る相談にのった....

今日、彼が自殺したことを知った。 やっぱり、あのときかなり苦しかったのだろう。 何か他に出来ることはなかったか、後悔の思いがなだれのように押し寄せる.....


彼に関ったすべての人に神さまの慰めがありますように。

Lord, Show Your Mercy....

2011年4月14日木曜日

日本の財産

日本は島国で、地震大国で、山が多くて、アメリカのように大々的に農業を展開できないし、中国のようにレアメタルといったものを持っているわけでもない。

あるのは人材.....

だからこそ、日本には複雑な人間関係に対する考え方があるのだろう....

人を生かす社会つくりを。

厳しさを基にした人材つくりよりも、愛に基ずくものでなければならないと思う。

なぜ、日本で年間3万人もの人がじさつするのだろう....それは自分が死ぬ価値しかないと思うからだと思う。

抜本的社会つくり変革をしないかぎり、日本の貴重な財、人材を豊かにすることはないだろう。


こうするしかない、こうあるべき、といった考え方ではなく、

そうするのがあたりまえ、という気持ちで今まで理想とされてきた思いやりのある環境つくりを思い切ってやっていくことが大切だ。

経済界、教育界、政治界、すべてにおいて。

2011年4月7日木曜日

ひとりでできること

昨日と今日、ひとりで購入したロッカーを設置することをやってみた。

一つ一つのロッカーが重く、ひとりで到底設置できないことがわかった。

若いときは力に任せてできたもの....

これからはいかにみんなと協力してやっていけるか、助けてもらうことを、助けることを意識していかなければいけない。

2011年4月4日月曜日

新たな電力の供給法


原発のもつリスクの恐ろしさを実感できる動画。
また、東電がどれほど国と法律に守られた会社かがわかる。
利益とそして事故が起こったときの免責....

脱原発でいきたいね。そして新たな電力へ。


私は、マグマ発電http://criepi.denken.or.jp/research/review/No49/chap-9.pdf

develop magmatic power generation


究極の地熱発電マグマ発電で行こう。


最高の潜在能力あり潜在資源量は60億kW(6000GW)におよぶ。


余る電力は、輸出する


do....


各原発事故の違い
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110403/dst11040320340044-n1.htm

2011年4月2日土曜日

地震と津波が起こったわけ

ある人は、これは裁きだ、なんてことを言う....
また、ある人は地震と津波が起こった理由について語った人に反応する....

では、地震が裁きかなにか他の意味や目的があるとすれば、その目的を全うしていれば決して地震も津波も起こらないのだろうか.....

地球が動いている限り、地震は起こる......

なぜ、人は物事に意味や目的を求めるのだろうか....

きっとその人の主観的な感覚、その人の訴えたいことを地震に射影しているだけにすぎない

大切なことは、地震と津波はひとりひとりにとってさまざまな意味を持つということ。その人の感じていることを尊重してあげること。

わたしが、その人を愛しているか、裁くか、のどちらかだけ....

明らかになる新たな心のステージ

阪神大震災後、トラウマや心的外傷後ストレス障害などが、とりあげられるようになった。
また、いじめやひきこもりといった新たな人間関係の問題が広く世間で注目をあびるようになった、と思う。


今回の東日本大地震&津波災をとおして新たな心の傷の問題がとりあげられるようになると、感じる。


「目の前で家族が流された」「ここから出ようと決めたことがあだになり、家族が流された」「持っていた手を放したから流された」「あの避難所へ逃げろ、といった場所が津波で流された」など、自分の力不足や下した決断のせいで大切な人を失った、そんなケースが多い。


人の力でなんとかなる。努力次第でよくなっていく。そんな人の力をはるかに超えた災害が存在する。


上記のような体験をされた方の無念さ苦しさ罪悪感、喪失感....いったいどのように乗り越えればよいのだろう....

2011年3月31日木曜日

これからの歩み

福音を聞いて、神さまの愛にそうぐうしたなら、
自分の過去の苦痛や孤独と正面から向き合おう。
今まで否定したり、無視したり、別のことに集中することで忘れようとしていた行動を捨てる。


『どうしようもならない過去の事実』については受け容れ、


実りのなかった痛みを忘れる言動を通してめちゃめちゃになった人生のパターンを一度止める。たとえ、痛みを伴ったとしても。


そして、新しいコミュにティで、どのように振舞うか、少しずつ体験していく。


『今・ここからの活動と関係』に意識を向け変えていく。


わたしは愛された存在。わたしは高価で尊い。わたしには目的がある。


あなたは愛された存在。あなたは高価で尊い。あなたには目的がある。そんなあなたとわたしが共に生きるなら、いったいどんな日々が待っているのだろうか。その素晴らしい人生と関係を獲得しようとするモチベーションを高めて歩もう。


実際的な教会生活、行動や対人関係を通して、『過去の否定的な自己』を転換できる共感的な経験を積み重ねることが重要です。すぐにすべてが改善していくわけではありません。


そして、社会的活動の達成感(何らかの成功体験・やりがい)が付け加わることで、
『本来の神さまの造られたあなた』を再構築できる可能性が生まれると思います。
新しく生まれ変わる

2011年3月22日火曜日

復興支援の指針

隙間に入り込んだ人たちを訪ねだす、

目には見えない悲しみを持つ人によりそう、

日ごとに変わる状況に目を配る。

新しい土地に一歩踏み出す。

2011年3月16日水曜日

日本人は高潔

津波に遭遇したある医者の話がラジオで流れていた。

津波は病院の4階まで達し、居られた3分の2の方が流されてしまった...。

たったひとりの医師として残された彼は、救済されるまでの3日間必死に診察した。
当初、奥さんは臨月を迎えていた...

救済されて2日後、奥さんが無事であることが確認され、男の子が生まれた。

彼らは、いのちが守られ、新しいいのちが与えられたことを手放しで喜ばれない、
といい、
そのこが人の役にたつ子になるように願った....なまえは 怜

その他、多くの日本人の高潔な態度が世界で驚かれている。

日本人として、私はみなさんが誇りです。きっとこの艱難を乗り越えることができ、この国はさらに素晴らしい国となるでしょう。


☆怜☆
字源
会意形声。「心」+音符「令」。
「令」の原義は神からのお告げで、
その音 leng, ling は清らかなもの、涼やかなものの意をふくみ、
心に曇りがなく賢いの意。
意義
さとい、迷いがなく賢い。
怜悧
(「憐」の音を借りた俗用→簡体字に採用)あわれむ。
by ウィキペディア

2011年3月11日金曜日

観測史上最大の大地震発生

日本の古文書には、地震の記録があるそうな。その平安時代今から1000年前、東北で大地震がおこった...

それに勝る明治時代より観測史上最大、専門家の予想を超えるマグニチュード8をこえM8.8の地震。0.8違うだけで20倍のゆれの違いがあるみたい

亀裂は400kに渡るとも予想されている。

原発も放射能漏れのおそれあり、コンビナートを大炎上、横浜や東京では、帰宅できない人が7万人以上

津波はシンジラレナイほどの距離陸内に入り込み、車をおもちゃのように流し、家を砕いていく

濁流は、きれいに耕された畑を破壊していく。目の前までやってくる津波を観ながら一生懸命に逃げる車...

すべてのテレビ局が、総力を挙げてリアルタイムで、各地の様子を流し、速報を流す。

死んだあと

太陽系には不思議で魅力的な星がいっぱい。木星、土星、に海王星....銀河系また宇宙にはもっと不思議で魅力的な星がいっぱいんあるんやろう....

けど、そこは生身の人間が到底いけない場所。マッハ2の暴風に、硫酸の雨、さまざまな有害光線、マイナス200度の世界や灼熱の世界。

だから、死後神さまに頼んで宇宙旅行をさせてもらおう。

今を生きることも忙しく大変だけど、死後の世界も忙しくなるぞ

2011年3月9日水曜日

Tsumi

ヘブライ語で罪のことを「ハッター」と言い、意味は「的をはずすこと」だと言われている。


創造主を意識しないこと...

これは的外れな生き方。

創造主がいるという生き方をする考えは、

自分の生きる価値は、創造主にある、自分にはない

自分の存在は、創造主によってなりたつ。そしてひとりひとりに目的がある

自分は、創造主の栄光を表す存在

人とくらべない。ひとりひとりを貴ぶ

2011年3月8日火曜日

社会組織によってのみ邪悪にせられる...?

「人生の指針が見つかる「座右の銘」1300」って本をパラパラと読んでいる...


そこで見つけた、コトバ

「人間は自然のままならば善である。現代の社会組織によってのみ邪悪にせられる」ルソー

ん...?なんか違和感を感じる文章....で、ぐぐってみたらエミールという彼の教育論の本から書き出したものみたい。しかし、他のブログなどでの紹介では、上のような訳し方ではない。

上の文章であるなら、すべて社会のせいで人は悪さをするのだ、と言いわけに聞こえて決して名言に聞こえない。

人には選択する力があり、たとえ現代社会が邪悪であったとしても、自分が邪悪なことをするか、逆に善いことをするか選べる。現に素晴らしい人たちは山ほどいる。

自分は思う、主体性を発揮したい、と。反応的な発想ではなく、自ら善を選択できる生き方を。

「お前がオレをそうさせたのだ」「こうなったのは社会のせいだ」「うまれた時代がわるい、場所がわるい」「周りにいるやつらが大したやつらじゃないから」

.....これらは反応的な発想.....いいたくないね

2011年3月7日月曜日

現代のペンテコステの日

五旬節の日に聖霊が下った。つまり、イエスが弟子たちに言われていた「約束の日」だ。

では、なぜ五旬節が約束の日だったのだろう....これを紐解き現代を生きる知恵を得たい。

五旬節は、年度のはじまりを表す。初めて食するパンを捧げる祭りからも見受けられる。
そして、モーセがシナイ山で神より十戒をいただいたときとも言われている。シナイ山の出来事と
アパールームで起こった出来事が、非常に似通っている。しかし、全く違う面もある。

なぜ、五旬節だったのか。
1.新しい年を表す祭りだった
2.モーセが神と契約したときだった。
→約束の日からまったく新しい年の時代がやってくる。神が新しい契約を結ぶ。

シナイ山の出来事とアパールームの出来事のまったく違う面。
1.1人に対してと集団に対して。モーセと弟子たちの群れの違い
2.石に刻まれた律法を得たと舌べらのような炎が一人一人に下り、大さわぎをしだし注目を浴びた違い。

これからの時代は、あるスーパースター一人が硬い石に書かれた神のことばを知っていて、彼にみんなが聞き従う時代ではなく、神ご自身が直接一人一人に下られる時代となるだろう。

では、ひとりひとりが神体験を必要とする。今を生きているわたしたちにとって必要なのは神様との遭遇だ。

神との遭遇とはいったい何を意味するのだろう....ひたすら約束の日を待って共に集まり祈りに専念していた弟子たちに起こった出来事は、私たちに当てはめればどんなことなのだろうか...

1.聖霊を受ける
2.福音を大胆に語ることができる
3.今までの生き方を悔い改める
4.新しいライフスタイルがはじまる:教会の仲間と共に住み、神のことばを硬く守る
5.周りに尊敬される集団となる

2011年3月4日金曜日

自殺について

最近、使徒の働き1章がメッセージで語られた。ユダの死のところだ。
そこで疑問がでた…「自殺した人は救われるんですかね...」

社会の中で、自殺の親をもった子が苦しんでいる...彼らには、特別なサポートが必要だ。大胆に、彼らに希望を持って仕えることができるだろうか。自殺の問題に一度深く考える必要がある。


多くの罪は、たとえそれが人殺しだろうが、ホモセクシャルだろうが、姦淫だろうが、まだ生きている。キリストを救い主と告白するなら救われるという約束を受け取るチャンスがある。

しかし、自殺はたとえたった一度の罪であってもその後の救いは、普通に考えてない...
キリスト者としてどのように取り組むべきだろうか....

2011年3月2日水曜日

究極のランニングコスト削減

すべてのことをよくするためには、費用がかかる、
しかし、以下のことをしていれば、信頼が築かれ、驚くほどのスピードと完成度を得ることができる。

1.約束を守る
2.小さな親切をする
3.誠実でいる
4.人の話に真心で耳をかたむける
5.謝る
6.率直でいる
7.見通しをはっきりさせる

2011年2月26日土曜日

今日の研究

サタンについて考えた。

ルシファーは創世記のへびかな...

IIペテロの「明けの明星」の使い方、頭を悩ませる。

ヘビとキリストは、対等で対決対象を言い表してる...(へびの子はかかとを噛み、人の子は頭を砕く)


あと、神の子たち(創世記6)、悪魔、レギオン、現代の悪霊現象....

これを考えるとやはりルシファー(明けの明星)とへびは違うのか....ルシファという大天使が神に対抗し、その軍団が堕天使となり、悪魔となったのか....

2011年2月23日水曜日

久々の聖書研究マタイ19:3-12

ブラジルの友だちに、『「生まれたときから王様に仕える人がいる」ということを教えてほしい。』
と聞かれ、はじめよくわからなかった。なぜなら、日本語では独身者と訳されているから。

その箇所はマタイ19章。たぶん、聖書に懐疑的な人に聞かれたのだろう。

「生まれながら去勢された人があらわれることをイエスは肯定した?」と。
その質問をぶつけてキリスト教を信じない理由にしたいのか....

この前後の文の流れをつかみ、そして、イエスがなぜこう言ったかの目的をつかむ。

この話の全部は19:3-12。「どんな理由があれば、離婚は律法にかなっているか?

とイエスに聞くことによって、イエスを試したところから始まる。なぜ、この質問がイエスにとって試練になるのか...

たぶん

当時の多くの男たちは、離婚を肯定していたと思われる。
で、厳しいことを言うと、イエスの人気は落ちる。

逆に、離婚について肯定したなら、イエスは不道徳な者だとして、これもまたイエスを痛めつけることができる。


イエスの答えは、「神さまの計画に離婚はなかった」マタイ19:4-6


パリサイ人たちは、自分たちが想定した答えをイエスが言わなかったので「じゃ、なぜ離婚についての掟(おきて)がある?」と聞いて、イエスの答えを引き出そうと言い寄った。
→ここでイエスの結婚観が明確になっている。安定した夫婦関係を築くことが神の計画。
強く健康な国家や社会を作り上げるのは、家庭だと思う。決して進化した社会関係ではない。
父母を離れた成熟した人格者が、二人は一体となるのだという神に誓う誓約をもって硬い絆を築く。
そんな二人のもとで神の教訓と愛と知恵によって育て上げられる子どもたちが生まれ、麗しい家庭が生まれる。
これこそ、原則であり変わることがない。それをいくら崩そうとしても道は険しくなるだけだ。


イエスの答えは、「人間がガンコだから、仕方なくある掟だ。」「妻が男を買わないかぎり、離婚して別の妻をめとれば姦淫を犯すことだ」
→当時の男女の関係は、圧倒的に男性有利。女性は家畜と同等だった。イエスは、男も女も平等の理由なしに離婚してはいけない、と言った。
キリスト教は、男と女を差別するという人たちがいるがそうではない。イエスは、逆に革命を起こし、弱い人たちを解放してきた。
聖書が示す男性と女性の在り方を否定し、新たな枠組みを作ろうとする人たちのキャンペーンだろう。しかし、真実は機能する。
たとえ真実が偽りであるかのように言われ、枠組みから外れ自由を得ることが大切であるように言われようと、
その枠組みから離れた考え方は偽りで、機能しない。

この答えに、イエスの弟子もおどろいた(マタイ19:10)。(この発言で分かるとおり、当時はそうとう男性の権利が強かった)


イエスはさらにみんなを驚かせる答えを言う。

「この掟を守らなくてもいい者は去勢された者だ。」

意味は2つ
1.この結婚の悟りを受け止めることができないなら去勢せよ
→離婚できる結婚のように、情欲におぼれたものをするならちょんぎってしまえ。というほどに、情欲をちゃんとコントロールして、愛する相手に仕える道具にするように。
そして、安心した夫婦関係を築くようにチャレンジしている。そうすることで、幸せな家庭を築くことができる。それが、はじめの神様の計画だ。
2.去勢は、神さまがする。
→モーセの律法に、去勢された者(うまれつきも仕事上しかたなくも)は神さまを礼拝する場所に入ることができない、となっていた。それで、みんなに差別されていた。
しかし、イエスさまは、それらの人を「神さまがそうした」と言って、人権を与えられた。これはユダヤ社会で大ショック。昔のアメリカで黒人に人権を認めた運動に近い。


◆このように、社会で差別されて弱い立場の人たちを救ったイエスの姿が描かれている。家畜のように扱われた女性たち。社会的に差別されていた障害者や宮廷に仕える人たち。


今度は、じゃあ、神さまが生まれつき性器を機能させない人を造るのか?!というポイント。

イエスの弟子が、「結婚しないほうがまし」といった言葉に対して、

その言葉が言えるのは去勢した人だけだ。とイエスが言った。

去勢する人には以下のタイプがある、とイエスが言った。

1.母の胎内から、生まれつきの人。
2.人からさせられた人。
3.自分からした人。(天のみ国のために)

前にも言ったけど、生まれつき子どもを造ることができない人は、社会から差別されて、弱い立場だった。

それを、3.のタイプの人がいる、と言うことによって去勢された人と機能不全で生まれた人の立場を引き上げたと感じるね。

つまり、自分から神さまのために去勢する人もいていいと。そう言うことによって、1.2.の人たちと3.の神さまのために去勢する人を一緒くたにする。

そうすると、

3.の人たちのように1.と2.の人たちも素晴らしい神さまの計画を持った人たちだと宣言した。これがイエスさまが言いたかったことだと僕は思う。



生まれたときから去勢した人がいる。ということはつまり、「神さまが去勢した」ということになるのか、という問題。

ぼくはそう思わない。

神さまのもともとの計画は、人を完全に造られた。人の罪のゆえに生まれつき障害を持つ人がいると考える。

人が罪を犯し、死が入ってきた。そして病も。創世記には呪われた。とある(創世記3:14-19)

この世にはDNAの段階で障害があって機能不全で生まれる傾向もある。

それは、私達が音楽や用紙をコピーしたときにコピーは前のものよりも質が落ちるのと同じ。

今の研究結果では、DNAを調べればこの人が、どんな弱さを持っているか分かるらしい。

しかし、結婚差別も起こりかねないのでそのことはあまり広げていない、とテレビで言ってたことがある。

ただ、子どもを造る時は、男と女で造る。そうすることで片方がもう片方のエラーを補うようにできているそうだ。

だから、障害者通しが結婚したり、身内で子どもを作ると障害を持った人が生まれやすくなるのは、エラーを補うことができないからだ。似た者なので同じ弱さを持っているので補えない。


はじめのアダムとエバは完全なDNAを持っていたのでその子どもたちも、完全なDNAを持っていた。

だから、兄妹通しで結婚しても立派な子どもが生まれていた。

しかし、アダムとエバは罪を犯したのでエラーが起こる呪いも起動しはじめたと思われる。

生まれたときから、臓器に障害を持っているケースは、たくさんある。去勢だけではない。

じゃ、それは神さまがしたのか?

僕は、この責任は人間の罪にあると思うが、しかし、イエスはそれは神さまがやったと言われた。

つまり子どもがしたことを親が背負ってくれた、と同じようなことをイエスがやってくれた、と考える。

アメリカでは、障害者をチャレンジャーと呼ぶようだ。つまり、「神さまから挑戦を受けた人たち」

私は、イエスのこの言葉によって、「神はひどい人だ」あるいは「失敗する神」と理解することは、悲しい人だと思う。そのようにも取れるだろう。


考えてもらいたい、この世には同じ言葉と状況でも、プラスの意味にも取れるし、マイナスの意味にも取れるものがある。


僕は、この生まれつき去勢された人がいる、と言った意味は、

生まれつき障害者も神さまの素晴らしい作品であり、神さまに愛された人だという祝福である。

また、人の罪によって生まれた病さえ、神さまが責任を負ってくださっている。恵みである。

そして、そこには神さまのご計画があり、価値ある人生がある。



人の中には、障害者を生まれる前から調べて、殺してしまう。人たちがいる...

老人や能力の低い人を社会から追い出す。彼らには生産性がないから...

こんな感覚を持った人がたぶん、「生まれつき去勢の人」をなぜ生まれさせるのか?と疑問に思うのだと思う。

しかし、自分に目を留めてほしい。自分はどうか?完璧か?社会の役に立っているのか?欠点はないのか?

だれでも弱さを持っている障害者だ。だれでも汚い部分のある罪人だ。それを神はなぜこのように造った?と呪う人生は空しいな...


こんなわたしたちひとりひとりを、神さまは愛し、素晴らしい賜物(たまもの)を与えられ、召し(生きている目的)、価値を与えられている。

よって、生まれつき去勢された人という意味は、

人の罪のために障害をもった人たちが生まれてしまう。

しかし、神はその責任を全部背負ってこう言う「わたしがそのように造った」と。

そして、ひとりひとりに、神の子どもという素晴らしい価値を付け、賜物という能力を与え、召しという生きる目的を示している。

です。

ゆう

2011年2月21日月曜日

個人の幸せと公の幸せ

5人を助けるか、1人を助けるか。

そこには、全体の幸せと人権の尊重というどちらも正しい摩擦がある。

自分を犠牲にしてまで、周囲のために生きるべきなのか....

もちろん、社会では自分の幸福だけを求めていては決して生きていけないし、幸せになれない

私の到達した考えはこうだ。

「自分の幸福を放棄し、創造主の御心に生きる。神は私を愛し、私を祝福してくださる」

2011年2月19日土曜日

年輪牧会

光文社「年輪経営」 塚越寛(著)を読んでる。

教会も同じ。急な成長は望まない。

ひとりひとりが真のキリスト者をめざす。

2011年2月18日金曜日

覇権なき中東

武力や権力、経済力ではなく、誠実さと勤勉さ、そして数えきれない日を重ねて得た技術で、平和を実現する。

それは、仕える姿勢、与えることを喜びとする、公の益のために、という崇高な生き方でしかできないだろう。

この世ではなく、永遠に生きる生き方。ゆるされた罪びとであるID。

そのような人物たちによらないと実現しないだろう

2011年2月8日火曜日

娘の成長

今夜は、JCMNサミット2011の下準備を数名でやった。

そこで、奥さんに夜食を作ってもらいみんなで食べた。仲の良い大家族の食事のひと時のように、

とても楽しいときだった。

そこで、娘がオレに食わしてくれるしぐさをしだした。

「ああ、娘がまだ7か月くらいの時にやってたことおぼえてたんかな、」

って思うほど、俺が娘に手で食べさせてあげるようにおれにくわせてくれた。

みんなの前で恥ずかしい思いもあったが、赤ちゃんがパパに食事を食べさせてあげるという

奇妙でいて心暖かまる、子供の成長を感じる幸せな時を、二人で満喫した

2011年2月7日月曜日

名古屋で政治的確変

名古屋で大きな政治の流れができた。

既存の政党では、勝てない。

また、減税としがらみの駆除で徹底予算削減。

ええ路線が始まろうとしてる。

俺の過激な考え。

ロシアや韓国と連携して、両方の行政が監理する地域を作る。(北海道と九州で)

そこに住む人たちはどの国の市民権を得るか選択できる。

そうすると、国の自由市場ができあがって、自然とスマートで有意義な行政サービスがうまれないだろうか

2011年2月6日日曜日

何か作り出すことを忘れない

現代写真論シャーロットコットン著者を読んだ...

多くの写真家が、あらゆる表現方法を試していること

社会や人について深く考えていることを実感した。

『何かについて深く考える。

そこで得た洞察を何とか表現する。』

ことにチャレンジすると毎日が楽しくなる

2011年2月4日金曜日